「若年性認知症」の世界
働き盛りな30〜40代でも認知症になりうる
認知症と聞くと、どうしても高齢者に特有のものというイメージがあるのではないだろうか。だが、若くして極端にもの忘れがひどくなったり、判断力が極端に鈍くなってしまったりする「若年性認知症」という症例があるのをご存じだろうか。早ければ20代からでも罹患してしまい、最悪の場合では仕事を失ったり、通常の日常生活を送れなくなったりしてしまう人がいるという。
若年性認知症にかかってしまった人の症状や、早期に発見するためにはどうしたらいいのか、精神科専門医で認知症の専門医である奥平智之先生に話を伺ってみた。
(奥平先生プロフィール)
奥平智之(おくだいら・ともゆき)
日本栄養精神医学研究会会長/医療法人山口病院副院長(埼玉県川越市)。「メンタルヘルスは食事から」をモットーとする栄養専門精神科医、漢方専門医、認知症専門医、産業医。貧血のない鉄欠乏の女性が多いため、鉄欠乏の女性を「鉄欠乏女子(テケジョ)」、栄養の問題が原因のメンタル不調を「栄養型うつ」と命名。著書として『食べてうつぬけ~鉄欠乏女子(テケジョ)を救え!』(主婦の友社)など多数。
普通の社会生活を送れなくなったり、退職を余儀なくされてしまったりする例も
若年性認知症は、会社をリタイアした高齢者ではなく、働き盛りの世代がかかってしまう症状のため、社会問題になりやすいと言われている。そもそも若年性認知症とは、どのような症状なのだろうか。
「若年性認知症は、かなり早ければ18歳で発症してしまう病気です。推定発症年齢の平均は51歳くらいで、基本的に65歳未満にもかかわらず認知症の症状があると診断された場合、その患者さんには若年性認知症という診断名がつきます。30〜40代の仕事をバリバリこなしているような世代でもかかる可能性があるため、悪化させてしまうと普通の社会生活を送れなくなることもあります」 (奥平先生)
また認知症には種類があり、主にアルツハイマー型、レビー小体型、脳血管型、前頭側頭型の4つのパターンに分類できるという。
アルツハイマー型認知症(取りつくろい反応:記憶障害や言語障害など、社会生活のさまざまな面で障害が出てしまうが、表面上は問題がないかのように取りつくろう)
レビー小体型認知症(幻視や幻聴など:知らない人が部屋を覗いていると感じるなど、実際には存在しないものがはっきりと見えてしまう症状)
脳血管型認知症(まだら認知:記憶力の低下が目立つのに、判断力や専門知識はしっかりしている状態。忘れたことへの自覚がある)
前頭側頭型認知症(異常行動、常同行動、反社会行動、人格障害など。ピック病とも呼ばれる)
このうち、もの忘れを中心とした症状を見せる「脳血管型認知症」と「アルツハイマー型認知症」が圧倒的に多く、この2つのパターンで認知症の6割を占めると言われている。だが、その一方で幻覚が見えてしまうという「レビー小体型認知症」や、ガラッと人格が変わってしまうと言われる「前頭側頭型認知症」の患者もいる。
ひとことで認知症といっても、単にもの忘れがひどくなったり、仕事や生活をするうえで不注意な行動が多くなったりするパターンばかりではないようだ。ひどい場合になると、周囲に対して極端に無関心になったり、他人と協調して仕事ができなくなったりするなど、通常の社会的な生活が送れなくなり、勤めていた会社を辞めざるを得ないような状況に追い込まれてしまうこともあるという。
ある日突然、異常に怒りっぽくなり……。
「例えばある30歳代後半の女性。明るく社交的なタイプだったのに、ある日突然、言葉数が少なくなり、人との交流も激減。もともとはとても温和な性格だったのですが、いきなり人が変わったように非常に怒りっぽくなって、どうも様子が変だということで、ある病院の診察を受けたのです」(奥平先生)
しかし、この女性はいわゆる「もの忘れ」の症状がなく、また年齢もまだ30代ということもあり、うつ病の診断を受けていたという。だが、うつ病の治療では症状がいっこうに良くならず、その後さらに尋常ではない行動が見られるようになってしまう。他人に対して異常なほど横柄でわがままな態度をとったり、人の目を気にせず、やたらと大声で話したりといった異常行動や、常同行動と呼ばれる「特に目的もないのに、毎日同じ道を歩かないと気が済まない」といった症状が頻発したのだという。
「この女性は、記憶力の検査では30点中30点。もの忘れの症状がまったくないので、10年以上認知症の診断とはされなかったのです。ようやく40歳代後半になって私のクリニックにきて、前頭側頭型の若年性認知症との診断に至りました。頭部CTをとると、前頭葉と側頭葉に萎縮が見られたのです」(奥平先生)
前頭側頭型の認知症になってしまうと、万引きや盗み食いなど、それまでの本人からは考えられなかった反社会行動を見せることがある。この場合の患者さんも、やはりそのような症状を見せていたという。
「その患者さんによく見られた症状は、いわゆる盗癖ですね。それも、もう顔を覚えられているのに毎回同じ店でタバコを盗むといった万引き行為をしたり、診察中にいきなり怒り出して診察室から立ち去ったりなど、典型的な前頭側頭型の若年性認知症の態度や症状が出ていました」(奥平先生)
だが、うつ病ではなく前頭側頭型の若年性認知症と診断できたことで、より適切な治療を受けることができ、その後の症状は落ち着いているという。
幻覚が見えてしまう「レビー小体型若年性認知症」
それまでとはまるで別人格になってしまうという前頭側頭型の若年性認知症とは別に、幻覚や幻聴があるというレビー小体型の認知症も、かかってしまうとさまざまな困難な症状に襲われるようだ。
「レビー小体型の認知症の患者さんの症状として、幻覚が見えたり、幻聴が聞こえたりするというものがあります。その日は誰とも会っていないのに『〇〇さんに会った』と言ってみたり、いるはずのない猫や虫が見えたり……典型的なのは、よく夕方になると幻覚が見えるそうなんです。こちらのパターンもアルツハイマー型とは違って、あまりもの忘れの症状は起こりません。だから、周囲の人は戸惑ってしまうんですね」(奥平先生)
そのため、経験のあるドクターでもレビー小体型の若年性認知症だと診断するのは難しいという。認知症といえば、どうしても健忘やもの忘れの症状があるものだという固定観念があるからだ。
「レビー小体型認知症は、初期症状としてうつ状態が出やすいのです。そのため、専門医に行ってもうつ病だと診断され、抗うつ薬が処方されることも。ですが、レビー小体型認知症の患者さんは、薬剤過敏性という特徴があるんです。つまり、うつだと思って抗うつ薬を処方しても、体が受け付けずに薬が飲めないということになり、風薬薬を飲んだだけでも意識を失ってしまうこともあるんです。いずれにしても、若年性認知症はイメージ以上にさまざまな症状があり、またどれもかかってしまうと患者さんはもちろん、家族や周囲の人にも辛い思いをさせてしまうことが多いのです」(奥平先生)
【チェックシート】こんな症状があったら若年性認知症にご注意
いわゆる記憶障害がなくても、認知症の初期状態であることもある。最近なんだか様子がおかしいなと思ったら、早めに認知症専門医の診察を薦めた方がいいだろう。
では、具体的にどのような兆候があったときに「若年性認知症」の疑いがあると考えた方がいいのだろうか。前述の奥平先生に、そのためのチェックシートを作成してもらった。
① 同じことを何度も繰り返したり、何度も聞いたりする
② 伝言したことがうまく伝わらない
③ 仕事のミスが激増した
④ 仕事のパフォーマンスがガクンと落ちた
⑤ 同じものを何度も買ってきて、同じものが家に沢山ある
⑥ 同じメニューの料理ばかり作る
⑦ 季節に合った服装ができない
⑧ よく知っている道なのに迷ってしまう
⑨ 風呂に入りたがらない
⑩ 好きだった趣昧の活動をしなくなる
「このような状態が数個以上思い当たるようなことがあれば、早めの受診をおすすめいたします」(奥平先生)
根本的な治療法が確立されていない
では、若年性認知症になってしまった場合の治療法はあるのだろうか。若年性アルツハイマー型認知症は、高齢者のアルツハイマー型認知症と違い、遺伝性のものも多く、進行が速いと言われている。また、高齢者の認知症によく使われていることで知られる、ドネペジルなどの抗認知症薬が、若い世代だと効きにくいことも特徴だ。
「実は、若年性認知症については、根本的な治療法が見つかっていないのが実情なのです。また、仕事や家事、育児など社会的役割を担う世代ですから、『まさか自分が……』と発見が遅くなったり、受診を嫌がったりすることもよく見られます。また、そもそも本人が気づいていない場合も多いので、なんだか様子がおかしいと感じたら、家族など周囲の人が本人に受診を勧めることも大事です。早めに治療に入ることが、症状の進行を遅らせたり、生活の改善につながります」(奥平先生)
最近なんだか忘れっぽくなった、仕事の段取りが異常に遅くなった……などと感じた場合、念のためにも専門医の診断を受けておくべきだろう。若年性認知症の予防・治療には、なによりも早期の発見、早期の受診がカギとなるからだ。
(転載)
————————————————
奥平 智之
日本栄養精神医学研究会 会長
医療法人 山口病院 副院長
————————————————
■ 書籍:食べてうつぬけ 鉄欠乏女子 テケジョ 血液栄養解析 うつぬけ食事術
■ Facebook https://www.facebook.com/okudaira.tomoyuki
(友達申請時はメッセンジャーに自己紹介をお願いいたします)
■ Twitter https://twitter.com/Okudaira_Tomo
■ YouTube https://www.youtube.com/@okudaira
◎ https://www.dr-okudaira.com にメール登録されている方は
不定期ですが栄養スライドをお送りいたします
コメント